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紫陽花の庭
紫陽花の庭 (JUGEMレビュー »)
湯川潮音,栗原正己,鈴木惣一朗
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オー!ファーザー



伊坂幸太郎:オー!ファーザー


(悪くない!)
それが読後直後の感想

読んでいる最中は
(正直そうでもないな、私が伊坂作品に期待するハラハラドキドキが感じられない)
そう思って読んでいた

でも
読み終わってみると
悪くない
むしろ
気分が良い
「終わり良ければ全て良し」
そう思った作品だった

謎、と言うほどではないけれど
この作品内の全ての謎がすっきりと解決して終わるわけではない
しかしそんなことは
(まぁいいか)
と思えるような
すっきりとした空気感で締めくくられている作品であった

この物語の世界観が好きだ
主人公 由紀夫
彼を取り巻く登場人物との関係性が実に良い世界観を生みだしているなと思った
4人の父親をはじめ 多恵子に鱒二
いちいち面倒くさい奴らばかりだけれど
どこか心地よい
一人でも欠けたらなんだか寂しい
そう思わせるくらい良いキャラクター達だった

最も好きな場面は
由紀夫と4人の父親との食卓でのだんらんシーン
読みながら映像を思い描くと
なんだかほっこりする
父親が4人とか、、ありえないことだけれど、実際にあったら凄く安心感がある、気がする
多々問題も生じるだろうけど

驚愕の事実!まさかの衝撃展開!!な伊坂作品が好きだが
今作品のような ほっこりさせられる伊坂作品も悪くないなと思った
これは あくまで私の感想であって
人によっては
この「オー!ファーザー」にハラハラドキドキさせられている人もいることでしょう



↓あらすじ

息子一人に、その母一人、そして父が四人。
「4人の父親がいる」というおかしな設定で成り立っているお話。
母は仕事やら出張やらでほとんど物語には出てこない。
物語のメインは主人公である息子と4人の父。

〜設定〜
由紀夫:高校生。バスケ部。父親が4人いる。
悟:父その1。大学教授。深い見識を持つ。
鷹:父その2。チンピラ風のギャンブラー。
勲:父その3。中学教師。格闘技が得意。
葵:父その4。元ホスト。女好き。

4人の父親に囲まれて過ごす由紀夫
普通とは大きく異なる家庭環境
4人それぞれから教育され
4人それぞれに付き合わされ
4人それぞれに愛され守られ
そんな由紀夫の日常にはあらゆる出来事が降りかかる
そんな日常で遭遇した 事件やら 事件やら とばっちりやら・・・
それら含め由紀夫の日常を描いた物語





で、
由紀夫のほんとうの父親は誰なんだ?
これも明かされぬ謎のひとつ
ま、知らなくてもいいけど




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ピース



樋口有介ピース


一時期(1、2年前)どこの本屋でも平積みされていて
ポップでお勧めされていた
帯に書かれている
『意外な犯人、ラストのどんでん返し』
に惹かれて 気になっていた作品

ようやく読んだ

帯の
『意外な犯人、ラストのどんでん返し』
について
確かにどんでん返しかもしれないが
私にとってはインパクトに欠けるものであった
どんでん返しの内容が
ちょっと複雑すぎたのかもしれない

連続バラバラ殺人事件を追う物語

張っただけの伏線が多く
読者に対して犯人探しをさせすぎ感があった
明らかに怪しい人物である梢路をフィーチャーさせていて
これは犯人ではないだろう
と思わせつつ
いや やっぱり犯人??? いや
そんな感じに翻弄させられた
途中から咲の存在も何やら含みを持たせていたのだが
完全なるフェイクに終わっていたり、、、

思いのほか早い段階で犯人が判明したので
(ん?)
と思ったが
そのあと犯人がなかなかつかまらず
物語の転機を暗示させられたが
そこまでの転機は無く
一騒動起きて事件は一段落

一件落着かと思いきや
真相はそんな単純ではなかった、、、?

最後に
坂森刑事の口から
妄想・仮定という名の事件の真相が語られたのだが
いろいろ語られすぎて
読みながら整理が追い付かないまま
物語が終わってしまった

その内容が
真実か 坂森刑事のただの推察にすぎないものなのか
真の真相は読者に委ねるって感じの結末だった

読後感は
(こんなんで終わっちゃうんだ)
て感じで
いまいちだった



↓印象に残った言葉

山の集落にひとり住む老人と梢路の会話
〜生きていくこと〜

「いったいワシは、誰に会いてえのかってな。毎日毎日考えて、そしたらワシには会いてえ人間なんぞ、はあ一人もいねえことに気がついた。ワシが会いてえのは婆様と倅と娘と、それだけさあ。ワシが山を降りべえかと思ったのはただ淋しかったからで、会いてえ相手や暮らしてえ相手がいたからじゃねえ。だとすりゃあよ、そういうことは人様に対して、失礼になるべえ」
「よく、分かりませんけど」
「ただ淋しいからってお他人様と関わるのは、そりゃ関わる相手に対して、失礼だべえってことだい」
「人間なんざ一人で生きるのは、誰だって、みんな淋しいもんだがね。だけんど逆に、その淋しさが我慢できりゃあ、ほかのことはなんでも我慢できる。貧乏も病気も歳をとることも死んでいくことも、生きてる淋しささえ我慢できりゃあ、人間てえのは、はあ何でも我慢できるべえよ」
「だけんどなあ、兄ちゃん」
「生きてることが、そんなに辛えかい」

「生きてることが辛いのか辛くないのか、それは、分かりません。でも死ぬまでの時間をどうやってつぶそうかと思うと、茫然とします」
「何もしねえで、じっとしてりゃいいべ」
「はい」
「死ぬまでの時間が長えか短けえか、そんななあ頭のなかのカラクリだい。飯を食って仕事をして酒でも飲んで、ついでがあったら女房でももらって子供をつくって、そうやってじっと生きてりゃあ、自然にお迎えが来らいね」
「本心から会いてえ人間がいるのか、いねえのか、兄ちゃんも一度よーく、自分に聞いてみることだいなあ」

(P.98-11行〜)



第四の犯行の殺人自爆シーンでは
犯人がヘルメットをかぶっており
顔が明かされていないから
実は別の何者かが(例えば梢路)共犯もしくは真犯人だった
とか
そういうことを考えながら読んでいたのだが
ヘルメットも結局一連の犯人である小長だったっぽく
腑抜けな感じであった

梢路と咲が実は同じ中学校の同級生だった
という含みも結局なんの展開もなく投げっぱなしで
ただ
読者に怪しい人物を印象付けるためだけのもので
これまた腑抜けな感じであった

物語の伏線や真相については読者の捉え方によって様々
そんな作品であったと思う
色々な展開を考えさせられたという点では
良かったと思う
ただ
同じようなことを上記したが
読者に多くのことを投げかけすぎな感じがした

最後に
読むと表紙の絵の意味がわかるようになっている




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スローターハウス5



カート・ヴォネガットスローターハウス5


おもに
移動中の電車で読んでいたため
読み終えるまでに かなり時間がかかった
惰性で読んでいたため 読み終えた時の達成感があまりなかった

この作品を勧めてくれた職場の人からDVDを借りた際
「原作と映画、どっちを先に見た方がいいですかね?」
と聞いたら
「どっちでもいいと思いますよ。原作はもちろんだけど、映画も本当、良く出来ているから」
そう言われ
映画を観たあとにこの原作を読んだのだが
言われた通り
映画が いかに良く出来ているかを実感した

ちょっと誇張気味かもしれないが
映画をもう一度観直しているかのような感覚で読んでいた
活字を追っているのだが常に映画での映像が頭に流れていた

だからなのか
映画があまりに良く出来すぎていて
あとから原作を読んでも 新鮮味に欠けるものがあった

感想としては
映画の感想でも書いたように (←クリックで映画の感想記事へ)
めまぐるしく場面転換する物語で
どこがどう良かったのかはよくわからないが
以下のように思った

読み始め
(前置きが長いな!)
そう思ったのだが
読んでいくと
(でも、それもまた良いものだ)
そう思わせる前置きの締めくくりで
高揚感の湧く絶妙な本編との繋ぎの役割を果たしていた

戦争と平和
過去と現在と未来
生と死
それらはそれらの瞬間であって他のなにものでもない
しかし人間は喜怒哀楽を状況ごとに繰り返す
その状況をその状況ごとに比べるという概念は人間特有のもの

これが良いことなのか良くないことなのかは
わからないが
それが我々人間

そういうものだ



↓印象に残った言葉

〜トラルファマドール星人から学んだもっとも重要なこと〜
わたしがトラルファマドール星人から学んだもっとも重要なことは、人が死ぬとき、その人は死んだように見えるにすぎない、ということである。過去では、その人はまだ生きているのだから、葬儀の場で泣くのは愚かしいことだ。あらゆる瞬間は、過去、現在、未来を問わず、常に存在してきたのだし、常に存在しつづけるのである。トラルファマドール星人からすると一瞬一瞬は数珠のように画一的につながったもので、いったん過ぎ去った瞬間は二度ともどってこないという、われわれ地球人の現実認識は錯覚にすぎない。
トラルファマドール星人は死体を見て、こう考えるだけである。死んだものは、この特定の瞬間には好ましからぬ状態にあるが、ほかの多くの瞬間には、良好な状態にあるのだ。いまでは、わたし自身だれかが死んだという話を聞くと、ただ肩をすくめ、トラルファマドール星人が死人についていう言葉をつぶやくだけである。彼らはこういう、“そういうものだ”。

(P.43-8行〜)


〜祈りの言葉〜
生きることに不熱心なビリーではあるが、彼のオフィスの壁には、彼の生活信条ともいうべき祈りの言葉が額にいれてかかげられていた。それを見て、生きる勇気を与えられたとビリーにいう患者も多かった。それは、こんな文章である――

神よ願わくばわたしに
変えることのできない物事を
受けいれる落ち着きと
変えることのできる物事を
変える勇気と
その違いを常に見分ける知恵とを
さずけたまえ

ビリー・ピルグリムが変えることのできないもののなかには、過去と、現在と、そして未来がある。

(P.85-11行〜)
この言葉は
トラルファマドール星の動物園でビリーと同じく地球の生物として見せ物となり やがてその星でビリーと結ばれることとなるモンタナ・ワイルドハックが身に着けていたペンダントに刻まれていた文章であった
(P.273-12行〜P.274)


〜別れのあいさつ〜
ビリーはいう、死が訪れる日、彼はシカゴにおり、たくさんの聴衆を前に空飛ぶ円盤や時間の本質について講演している。
ビリーはこれから一時間のうちに起る自分の死を予言する。彼はそれを笑いとばし、群集にもいっしょに笑うようにと呼びかける。
群衆から抗議の声があがる。
ビリー・ピルグリムはなじる。
「もしみなさんがこれに抗議されるのなら、死がつらい悲しいものだと考えておられるのなら、わたしのいったことは一言もみなさんには通じていない」そして講演のしめくくりは、どの講演もそうであるように――つぎのような言葉、「さようなら、こんにちは、さようなら、こんにちは」
「わたしはしばらくのあいだ死にます――そしてまた生きるのですから」

ビリーはしばらくのあいだ死を経験する。そこにあるのは、むらさきの光とブーンという唸りだけ。だれの姿もない。ビリー・ピルグリムすらいない。
(P.190-5行〜)


〜ひとの務め〜
「あれはやむをえなかったのだ」ラムファードはドレスデン爆撃のことを話題にした。
「わかっています」と、ビリーはいった。
「それが戦争なんだ」
「わかっています。別に文句をいいたいわけではないのです」
「地上は地獄だったろう」
「地獄でした」
「あれをしなければならなかった男たちをあわれんでくれ」
「あわれんでいます」
「地上にいるあんたは複雑な気持ちだったろう」
「いいんです」と、ビリーはいった。「何であろうといいんです。人間はみんな自分のすることをしなければならないのですから。わたしはトラルファマドール星でそれを学びました」
(P.261-4行〜)



↓あらすじ(背表紙参考)

時の流れから解放された主人公ビリー・ピルグリムは、自分の生涯の未来と過去とを往来する、奇妙な時間旅行者になっていた。
大富豪の娘と幸福な結婚生活を送り・・・・・・
異星人に誘拐されてトラルファマドール星の動物園に収容され地球という星の生物として見せ物にされ・・・・・・
そして第二次世界大戦でドイツ軍の捕虜となり、連合軍によるドレスデン無差別爆撃を受けるビリー。
さまざまな自分の生涯を何度も往来するビリー。
もちろん自分の終焉も体験済み。
そんな彼はいったい何を思うのか・・・
彼の人生観とは・・・
著者自身の戦争体験をまじえた半自伝的長篇で(以後、映画の感想の時に書いたものから引用)、それまで公になっていなかった第二次世界大戦でのドレスデン爆撃について、ヴォネガットがこの物語を描いて初めて触れたことで、この出来事が世に知られるようになったらしい。





ドレスデン爆撃 戦争について
もっと真摯に考えさせられるべき物語なのかもしれないが
私はそこまで考えずに読み終えた
ただ
ビリー・ピルグリムの
「死がつらい悲しいものだと考えておられるのなら、わたしのいったことは一言もみなさんには通じていない」
という発言や
過去・現在・未来の往来だったり
トラルファマドール星人から学んだことだったり
これらの経験で彼の感性は常人のそれの向こう側へいってしまっているのだろうと思った
いわば彼は人の心を失っているのではないだろうか

これは
戦争というものは
人が人で無くなる
人の心が無くなる
そんなことに通じているのではないだろうか




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ビブリア古書堂の事件手帖〜栞子さんと奇妙な客人たち〜



三上延:ビブリア古書堂の事件手帖〜栞子さんと奇妙な客人たち〜

表紙の絵の影響もあってか
まるでアニメを見ているかのような感覚ですらすらと読めた

際立つような鮮明な描写があるわけではないのだが
表紙絵の印象と
舞台が鎌倉ということで
頭に浮かぶ映像が
ゆったりと静かで綺麗で心地よかった



4つの古書(本)にまつわる4つの短編集
それぞれの本にそれぞれの思い入れを抱く登場人物たち
彼らが織りなす古書にまつわる謎や事件を
ビブリア古書堂の店主栞子がひもといてゆくお話

登場人物一人一人が非常に大事に扱われているなと感じた

4つのストーリーは全て繋がっており
その登場人物がメインのストーリーが終わっても
別のストーリーで再び顔を出す
一度出てきたら出番は終わり といった使い捨てがなく
とても好感の持てる作品であった



『万能鑑定士Q』シリーズ
といい
最近では
『珈琲店タレーランの事件簿』
といい
この手の類のミステリーが増えてきている気がする
衝撃展開はなく本格ミステリーとは言えないけれども
私はなんとなくこれらに惹かれるものがある

これらの作品は
意気込む必要はなく
気楽に読めてしまう本なので
すぐに読むかはわからずとも
続編も購入しておいて
手元に置いておこうと思う




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書店ガール



碧野圭書店ガール


仕事・恋愛・家庭
人間ドラマがとてもリアルに描かれていてよかった

職場での人間関係
良くない噂からの悪循環
昇格争い
女の嫉妬 男の嫉妬
男女差別
恋人とのもつれ
結婚について
親の老後の不安

物語の舞台は吉祥寺
まさに吉祥寺の駅ビル内の本屋で目にして手に取った本
帯と裏表紙を見て 気軽に読めそうだったので 読んでみた
読んでみると
思いのほか気軽ではなかったが 読んでよかった

〜裏表紙より〜
吉祥寺にある書店のアラフォー副店長理子は、はねっかえりの部下亜紀の扱いに手を焼いていた。協調性がなく、恋愛も自由奔放。仕事でも好き勝手な提案ばかり。一方の亜紀も、ダメ出しばかりする「頭の固い上司」の理子に猛反発。そんなある日、店にとんでもない危機が……。書店を舞台とした人間ドラマを軽妙に描くお仕事エンタテインメント。本好き、書店好き必読!

(以下ネタバレ含みます)

前半は
理子と亜紀のもどかしい関係や
彼女らを取り巻くドロドロに
読んでいてチクチクした

食い違いが相まって
変に意識し合い
互いの言動・行動 あることないこと全てにおいて悪い方悪い方に捉え
どんどん泥沼化していく二人の関係

しかし

後半からは
二人が働く書店の閉店の危機を乗り越えるために
二人の対立は一時休戦
そこから二人が協力していく展開には
読む手が一気に進んでいった

不器用ながらも似た者同士
褒め合うことはなかれど
本気で衝突し合った結果
書店を本当に愛している者同士
生れた信頼関係

終盤には感動させられた

理子が書店スタッフに囲まれて花を渡される場面では
理子と一緒に私までウルッとさせられた

書店業界の内情についても描かれており
実に読み応えがあった
ディスプレーやPOPなど本の売り方だったり、お客との関係だったり、版元との関係だったり、イベント開催についてだったり、収入の格差だったりなんだり
仕事の楽しさだったり厳しさだったり苦悩や やりがいを垣間見ることができた

これらを受けて
何より私自身が
書店に行きたくなった
色々な書店へ行き
それぞれの店舗の書店員達のこだわりを堪能してみたくなった



↓印象に残ったシーン

〜恋人同士の亜紀と三田、
小幡の亜紀へのアプローチにより
三田と小幡に二股をかけてしまいかけている状態の亜紀が三田と喫茶店で話をする場面〜

「ねえ、どうしたらいい。小幡さんが積極的にアプローチしてくるの。いい人だし、このままだと私、小幡さんの方に行っちゃうよ」
三田に本当はやめろ、と言ってほしかったのだ。もし、はっきり三田が言ってくれたら、二度と自分は伸光(小幡)とは会わない。
「小幡さんにいっしょに旅行に行こう、と言われたけど、どう思う?」
「ねえ、どうしたらいい?」

「どうって、亜紀の好きにすれば」
「だって、いっしょに旅行行こうって、どういうことかわかるよね。本当にいいの?」
「私たち、つきあっていたと思ったんだけど、私がほかの男に走ってもいいってあなた、思っているの?」

「じゃあ、亜紀はどうしたいの?行きたいの?行きたくないの?」
「それは・・・・・・」
「それとも、俺に止めてほしいってこと?」
「本当は亜紀も行きたいんだろう。だけど、俺に悪いから、そう言い出せないだけなんだ」

「そんなことないわ!」
「それとも亜紀は俺に小幡くんと喧嘩でもしてほしいのか。亜紀に近づくな、と身体で阻止してほしいのか」
「違う」
「亜紀はずるいよ。俺に決めさせようなんて。これは亜紀の問題だろう?」
「私の問題?」
「俺とこのままつきあうのか、別れて小幡さんの方に行くのか、決めるのは亜紀自身だ」
「だけど、あなたの気持ちは?あなたは私のこと、大事じゃないの?どうして止めてくれないの?」
「俺の気持ち?それは関係ないだろ。もし亜紀の気持ちが俺にあるなら、最初から小幡さんの誘いには乗らなかっただろうし、俺との関係を秤に掛けるようなこともなかったはずだ。気持ちが揺れるのは、小幡さんに惹かれているからなんだろう。それで俺に対して申し訳ない、とも思っているんだ。自分から言い出して俺とつきあいはじめたのに、今になって心変わりをするなんて、とね」
「私はあなたのことが好きだわ。だけど、あなたの考えがわからない。それがずっと不安だった。あなたは私のことをどう思っていたの?どうして私とつきあったの?」
「そんなこと、今さらどうでもいいじゃないか」
「よくない。私はずっと不安だったのに」
「だから小幡さんに惹かれたのか?」
「ね、私のことよりもあなたの気持ちを聞かせて」
「俺の気持ちがどうあれ、亜紀の気持ちは変わってしまった。もう、どうしようもないだろう」
亜紀の目から涙がすーっと一筋、こぼれた。それを見て、三田は驚いたように、
「なぜこんな時に泣くの?ほかの男とつきあいたいっていうのは亜紀の方なんだよ。捨てられるのは俺の方だ。君が悲しむことはない。君は好きな男のところに行けばいい」
「私のこと怒っているの?」
「いいや。ただ、こういうところでこんな話をしなきゃいけないことが、俺は嫌なだけだ」
「もう、これ以上話しても無駄だね」
と言って伝票を摑み、レジへと向かった。亜紀はソファに腰掛けたまま、立ち上がれなかった。
(P.175-11行〜)
リアルすぎるやりとりに読んでいてドキッとした
三田の対応が冷たい感じ逃げている感じもするが
それ以上に男としての強さを感じた
色々と考えてきてのこの対応だったのだろう
三田には今後 素敵な女性と結ばれてほしい


エンディング
〜書店の近くにあるみんなの溜まり場の居酒屋『もも吉』での場面〜

(P.375-7行〜)
ひとり呑んでいた理子の隣に亜紀が加わる
犬猿の仲だった二人が今や一番の身近な存在となった二人の会話には
素直になれない感じを含め
読んでいてなんだか心温まった
店舗の閉店と共にそれぞれ辞表を出していた二人
亜紀「だけど、もし次が決まったら教えてくださいね」
理子「何が?」
「新しい仕事先。私もその店に入りますから」
「本気?」
「西岡さんの選ぶところだったら、きっと面白いことが出来ると思うんです」
「あいかわらずね。仕事は面白いとか面白くないだけじゃないのよ」
「わかっています、それは。だけど、西岡さんだってひとりで新しいところに入るより、私といっしょの方がいいんじゃないですか?」
「そんなわけないでしょ。私は身軽になって人生やり直すのよ。あなたみたいな過去の汚点がついて回るなんて、恥ずかしいじゃない」
「過去の汚点ですか」
「だけど、あなたがよっぽど困っているなら考えてあげる。あなたみたいなはねっかえりを引き受ける店なんて、そんなにないでしょうからね」
ひねくれた言い方かもしれない。だけど、ここで「これからもいっしょね」と言えるほど、四十女は素直じゃない。
「もう、いつまでたっても上から目線なんですね」
この後
他の書店スタッフたちが合流して
理子に花を贈る
単純かもしれないが非常に感動させられた



登場人物について
解説にも記されていたが
亜紀の元恋人である三田以外の職場の男性は皆非常に印象の悪い者ばかりであった
彼らの存在により理不尽・不条理な社会をリアルに物語られていた

そんななか色々抱え 負けそうになりながらも奮闘する理子や亜紀の姿から
彼女らの仕事に対する想いや
本の魅力
書店の魅力を大いに感じることが出来た



最後に
書店ガールたちの
書店への想いを引用

理子が店長を務めていた店舗の閉店に伴い
社長から電子書籍の部門を任せたいと言われるも
それを断り辞表を出した理子
理子「私はリアル書店で紙の本を売りたいんだもの。電子書籍は向いていないと思うわ」
亜紀「そうですよね。本屋はちゃんとお店があって、紙の本が並んで、店員とお客様がいるからいいんだわ。本屋は本のショールームだもの。本屋で売っているのが、一番素敵に見えるのだもの」
そうだ、亜紀の言うとおりだ。電子書籍は本ではない。データだ。本とは別のものだ。本屋はお客様や営業の人や書店員、いろいろな人間がいて、直接会って話したり、ときにはぶつかりあって何かが生まれる。本という物を媒介に人と人とが繋がっていく。それが書店だ。私が好きな書店というものだ。

(P.377-16行〜)
理子と亜紀の言うとおりだ




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チェーン・ポイズン



本多孝好:チェーン・ポイズン


『自殺志願者』
『本当に死ぬ気なら、一年待ちませんか?』
『三人の自殺志願者にもたらされた“死のセールスマン”からの劇薬メッセージ』
『一年後、それはどんなプレゼントに変わるのか?』
そんなフレーズに惹かれて読みました

結果・・・
非常に良かった

来週自分が死ぬとわかっていたら
死を理由に私はこれまでの私の殻を破るような行動をとることだろう
死が見えていれば後悔というものは意味を成さなくなる
後なんて無いのだから なんだってできる
今しかない
初めて思いのままに生きられる
そんな気がする

死ぬとわかっていたらだ

死ぬのが一年後だったら・・・?
そうなると話は多少変わってくる

さほど変わらない気がする
思いきった行動が弱まるくらいだ

死が遠い未来の話と思い込んでいる今の私は
傷つかないように 苦しまないように
死んだように生きている
いつかは死ぬとわかっているのに
いつ死ぬのかわからないというだけで
思いのままに生きられなくなる
数日後に死ぬのと何十年後かに死ぬ
同じ『死ぬ』なのに生き方が大きく変わってしまう
どちらの生き方が理想かといったら
数日後に死ぬ体の生き方が理想の生き方だ

「だったらその気持ちで今を生きろ・・・」

それは今の私にはできない
死が遠い未来の話と思い込んでいるから
私は臆病な人間だ
明日死ぬかもしれない だから今この気持ちをあの人に伝える 今これをやる
そんな風に生きていけたら
『生きてる』って気がするだろうな

読んでいて
絶望的と言ったら大げさかもしれませんが
日常に必ず存在する陰鬱な感じが私を引き込ませました
自分自身の存在の 意義 価値 意味 孤独
読んでいて恐ろしく不安な気持ちになりました
こういうの私 好きです

物語に引き込まれて
いよいよ山場だ!ってところで
思い切り裏切られました 良い意味で
久々の感覚でした 好きですミステリー



↓印象に残った言葉

〜もう遅い〜
三十をいくつか過ぎた辺りから、私は明確にそう悟るようになっていた。三十を越えて、たいしたキャリアもないOLにいい転職先などあるはずもない。
焦りはいつしか、諦めに変わっていた。
結婚を諦めたのも、同じくらいの時期だっただろうか。私が男なら、私など選ばない。若くもなく、綺麗でもなく、何の取り柄も、個性すらない女をわざわざ選びはしない。それでも私を選んでくれるというのならそれは妥協の産物だろうし、わざわざ妥協されてまで結婚する気はなかった。妥協してくれた相手に気兼ねしながら暮らすくらいなら、このまま一人でいたほうがいい。
これでいい。だから、今のままで、それでいい。
(P.9-3行〜)
傍から見ると この状況 物凄く寂しい
けれど どこにでもあり得る状況
自分がこのような状況に陥ったらと考えると恐怖を覚える


〜人見知り〜
「人見知りというのは、頼れる誰かがいて初めてできることなんです。知らない人を見る。親の背後に隠れるようにその人を観察する。自分の態度が決まるまで、親の背中に隠れながら、その人に対して警戒する。遠慮する。照れる。それが人見知りです。けれど、彼らには隠れる背中がない。どんな初対面の人にも、自分でぶつかるしかないんです。だからでしょうかね。彼らは初めて会う人に対して、驚くほどに率直です」
(P.83-1行〜)


〜孤独と自殺〜
「つまるところは、孤独なのでしょう」
「え?」
「その孤独に耐え切れずに死ぬ。自殺とは、つまるところそういうことなのだろうと思います。名前も知らないもの同士が、ネットで誘い合って心中するなどというニュースをよく耳にしますが、あれなど、その典型でしょう。どうしたって分け会えるはずのない孤独を、その最後にどうにか分け合おうとする。分け合えるはずもなく、分け合う必要すらないものを」
「必要すらない、ですか」
「ないでしょう。人はみな孤独です。誰だって一人分の孤独を抱えている。そんなものに重いも軽いもない。等しく一人分の孤独を、みんな抱えているんですよ。一人分の孤独になら耐えられる。そういう耐性を人間は備えているはずです」
「では絶望は?」
「人を絶望させる状況というものはあるでしょう?」

「絶望」と院長は軽いため息とともに言った。
「私に言わせれば、贅沢なフィクションです」
(P.200-11行〜)


〜友人としては少し物足りない〜
「あなたの目から見て、高野章子さんというのはどういう女性でしたか?」
「字の綺麗な人」
「ああ」
「字って、人柄を表すんだなって、章子の字を見ると、いつもそう思いました。きちんとしていて、丁寧で」
そう言ったあと、彼女は俺を見て笑った。
「ちょっと意地悪な言い方でも?」
「どうぞ」
「でも友人としては少し物足りない」
「ああ」
「個性っていうんですかね。癖っていってもいいかもしれません。それがないはずはないんですけど、わかりずらいんです。本当に字と一緒。彼女のお母さん、昔、書道の先生をしてたんですって? それを聞いたときに、私、納得したんですよ。親から与えられたお手本を丁寧になぞっている。なぞり続けているうちに、それが本当に自分になってしまった。意地悪過ぎる言い方ですけど、章子って、そういう人なんだろうなって私は思っていました」
「エネルギーがどこにあるのか、よくわからないんですよ。どうしたらこの人は本気で怒るのか。何があったらこの人は心から悲しむのか。何だったらこの人を熱くさせることができるのか。ああ、でも」

(P.239-7行〜)


〜未練〜
やっぱり今のほうがいい。あのころのまま、今もこの先も生きているくらいだったら、たとえこの先がなくても、今のほうがずっといい。だって、私には未練がある。この世界にずっと生きていたいという思いがある。そんな思いもなく生きていくくらいなら、そんな思いを抱えたまま死ねる今のほうがずっといい。
(P.395-6行〜)



↓印象に残ったシーン

〜一番の衝撃シーン〜
『二十歳の原点』の著者、高野悦子と同じ名前。悦子。槙村悦子。
(P.400-1行〜)
あれ・・・?
読んでいて一瞬 時が止まりました
それほどの衝撃!
そこからは
(え!? 何? 何? どういうこと!? ちょっと・・・え? 別人?!)
そんな動揺から一気に興奮が
今までの自分の読み方は何だったのか
全てが思い込みだった!?
物語の序盤に戻って一部を読み返してみると
(あ!確かに・・・騙された、、てかこっちが勝手に思い込んでいただけだった!!)
ここからラスト数ページ
この物語の読み方が一新されました
起こりうる全ての事象に先の展開が全くよめなくなり
思考をかき乱されました



↓あらすじ

人生に希望を見出せないでいる30代のOL
なんとなく「死にたい」と呟くと
どこから現れたのか スーツ姿の人物が声をかけてきた
「一年待てば、楽に死ねる手段を差し上げます」
一年後に確約された自殺
それに向かって人生の暇つぶしをする一人の自殺志願者30代OLの一年

自分が取材で関わった2人が自殺した 人気絶頂のバイオリニスト、陰惨な事件の被害者家族の男
2つの自殺に何か引っかかるものを感じていた週刊誌記者
そして新たに起きた自殺 30代のOL
これら3つの自殺に偶然とは思えぬ共通点に更なる違和感を覚え
3つ目の自殺30代OLの追究を中心に3つの自殺の真相に迫る週刊誌記者

死に向かおうとする30代OLの一年間
自殺した30代OLを追究する週刊誌記者
これら2つの物語が別々の時系列で交互に展開されていく
終盤 思いもよらぬ展開から これまでのこの物語の読み方を一新させられる





最後に書きたいこと書きます (ネタバレ含みます)

一年間 死ぬために生きてきた30代OLの槙村悦子(通称:おばちゃん)は
一年後 予定通り 死に近づいていた
しかし
この一年間の暇つぶしで あろう事か 生きる意味希望を見出だしてしまった
児童養護施設『百合の家』との出会い
死にたくないわけではないが 生きていたくなった
けれども一度決めたレールは変えられず
運命は完全に死の方向に流れていた
彼女は死ななくてはいけない状況に立っていた
彼女が見出だした生きる意味希望のために
生命保険の2千万・・・
自殺の寸前まで来ていた
にもかかわらず園長の息子(通称:ベンツ)の彼女への殺人未遂の一件で
彼女は生きる選択をしてもよいことになった
運命が変わった
彼女は再び生のレールを歩き出すこととなった

自殺予定の日 ベンツが彼女のアパートに押しかけて彼女を殺しにかかった時
(え?!自殺じゃなくて、殺されちゃうの!?)
完全に私の頭は著者の思いのままに操られておりました
自殺志願者30代OLの運命がどうなっていくのか先の展開が全くよめず
思考をかき乱されながら字を追っていました

そしてそして
死ぬまでの暇つぶしで児童養護施設『百合の家』に通っていた自殺志願者30代OLと
週刊誌記者が追い求めていた自殺者30代OLが
別人であったこと
これが何よりの衝撃でした
自殺志願者30代OL槙村悦子に死の誘いをした“死のセールスマン”ことスーツ姿の人物が
自殺者30代OL高野章子であった
『スーツ姿』という言葉だけでその人物が私の中で『謎の男性』と勝手にイメージ付けられていました
著者に してやられました

結果
この物語には“死のセールスマン”を含め4人の自殺志願者がいたことになる
いや、
“死のセールスマン”によって自殺志願者と称された3人、、、と
ホスピスにいた中里毅から死への導きの種を譲渡され“死のセールスマン”となった自殺志願者1人
植物の種が劇薬へと形成されるまで一年
その一年の間に4人の自殺志願者は各々の時間を生きた
一年後
3人が自殺し1人が再び人生を歩きだした

これに対して良いも悪いも正解も不正解もないと思う
各々がとった行動の結果 そうなったというだけ
だから
自殺した3人を見て(読んで)も私は特に何も思わなかった
そうは言いつつも・・・
再び人生を歩きだした1人を見て(読んで)私は「良かった」と思った

最後のシーンで 元自殺志願者の30代OL(おばちゃん)が『百合の家』の子供と公園で笑顔で遊んでいる光景は
私の気持ちをほっこり安心させてくれました


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万能鑑定士Qの推理劇



松岡圭祐:万能鑑定士Qの推理劇

「何もかも忘れてどっぷり引き込まれる」というような感じではなく
「他のことを考えつつも、さらっと引き込まれておく」そんな感じで気軽に楽しんで読めました
読後感は非常に気持ちよく自然と気持ちが和んでいました

主人公莉子の推理から繰り出される知恵の数々
莉子の万能っぷりにはただただ感服です
この作品のキャッチフレーズにもあるように読んでいるだけで色々な知恵や情報が得られます
ただいくら吸収しようともこの物語の中の知恵だけでは当然のごとく莉子には到底及びません
〜純粋で何にでも興味を持って熱心に勉強する〜
そんな莉子のようになりたいものです



同著者作品であるQシリーズ
そして新シリーズαも今後読んでいきたいです

「衝撃的な印象!」そういうのはありませんでしたが
純粋に「面白かった」そう思える作品でした
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罪と罰



ドストエフスキー罪と罰

最初は退屈で全然読み進められずにいました
とにかく文字を追って追って追って・・・
いつの間にやら面白くなってきた!
かと思うとまた退屈だったり・・・
その箇所箇所で読むスピードがまちまちでした


読後直後の感想は

(いゃ、、、よかった・・・満足。)

大満足でした

人間が描かれていました

人間というのは
強くもあり、弱くもあり、脆くて、不安定で、醜くて、、、
上手く生きてゆける人なんてそうそういない

罪を犯す時点でそれがもう罰であるのだと そう思わされました
罪は一瞬
罰は一生
罪は個人
罰は個人と多くの他者が伴われる
罪よりも罰の方が計り知れなく大きなものだと思った
しかし罪が生じなければ罰が生じることはないのであって・・・
罰に与える罪の影響は計り知れなく大きなものだと思った



↓印象に残った言葉

〜ラズミーヒンはいっそう声をはりあげて叫んだ〜
「ぼくは嘘をつかれるのが、好きですよ!嘘をつくということはすべての生物に対する唯一の人間の特権です。嘘は――真実につながります!嘘をつくからこそ、ぼくは人間なのです。十四回か、あるいは百十四回くらいの嘘をへないで、到達された真理はひとつもありません。しかもそれは一種の名誉なのです。ところで、ぼくらはその嘘すら、自分の知恵でつけない!自分の知恵でぼくに嘘をつくやつがあったら、ぼくはそいつに接吻します。自分の知恵で嘘をつく――このほうが他人の知恵オンリーの真実よりも、ぜんぜんましですよ。」
(上巻P.349-4行〜)


〜彼の論文によるとすべての人間はまあ≪凡人≫と≪非凡人≫に分けられる〜
(ラスコーリニコフの論文についてポルフィーリイ・ペトローヴィチとの論争)
「凡人は、つまり平凡な人間であるから、服従の生活をしなければならんし、法律をふみこえる権利がない。ところが非凡人は、もともと非凡な人間であるから、あらゆる犯罪を行い、かってに法律をふみこえる権利をもっている。たしかこういう思想でしたね、ぼくの読みちがいでなければ?」
「ぼくの書いた意味は、それとはすこし違いますね」
「≪非凡≫な人間はある障害を・・・・・・それも自分の思想の実行が(ときには、それがおそらく、全人類の救いとなることもありましょう)それを要求する場合だけ、ふみこえる権利がある、と簡単に暗示しただけです。
要するに、ぼくの結論は、偉人はもとより、ほんのわずかでも人並みを出ている人々はみな、つまりほんのちょっぴりでも何か新しいことを言う能力のあるものはみな、そうした生れつきによって、程度の差はあるにせよ、ぜったいに犯罪者たることをまぬがれないのだ、ということです。そうでなければ人並みを出ることはむずかしいでしょうし、人並みの中にとどまることは、むろん、賛成できない、
人間は自然の法則によって二つの層に大別されるということです。つまり低い層(凡人)と、これは自分と同じような子供を生むことだけをしごとにしているいわば材料であり、それから本来の人間、つまり自分の環境の中で新しい言葉を発言する天分か才能をもっている人々です。それを更に細分すれば、二つの層の特徴はかなりはっきりしています。第一の層、つまり生殖材料は、一般的に言うと、保守的で、行儀がよく、言われるままに生活し、服従するのが好きな人々です。ぼくに言わせれば、彼らは服従するのが義務なのです、だってそれが彼らの使命ですし、服従することがすこしも恥ずかしいことじゃないのです。第二の層は、みな法律をおかしています、その能力から判断して、破壊者か、もしくはその傾向をもつ人々です。これらの人々の犯罪は、むろん、相対的であり、千差万別です。彼らの大多数は、実にさまざまな形において、よりよきもののために現在あるものの破壊を要求しています。そして自分の思想のために、たとえ血を見、死骸をふみこえても進まねばならぬとなると、ぼくに言わせれば、ひそかに、良心の声にしたがって、血をふみこえる許可を自分にあたえるでしょう、
しかし、それほど心配することはありません。いつの時代も民衆は、彼らにこのような権利があるとは、ほとんど認めません、そして彼らを処罰したり、絞首刑にしたりします、そしてそれによって、まったく公正に、自分の保守的な使命を果たしているわけです。もっとも時代がかわればその同じ民衆が、処罰された彼らを支配者の地位にまつりあげて、ぺこぺこするわけですがね。第一の層は常に――現在の支配者であり、第二の層は――未来の支配者です。第一の層は世界を維持し、それを数的に大きくします。第二の層は世界を動かし、それを目的にみちびきます。そして両者ともにまったく同じ生存権をもっています。要するに、ぼくに言わせれば、すべての人が平等な権利をもっているのです。」

(上巻P.453-12行〜)


〜ピョートル・ペトローヴィチはとたんにぐっと大きく構えた〜
「アヴドーチヤ・ロマーノヴナ、どんなに善意に解釈しても、忘れることのできない侮辱というものがあります。何ごとにも踏みこえることが危険な一線があります、それを踏みこえたら、もうもどることができないのですよ」
(下巻P.51-2行〜)
ルージン(ピョートル・ペトローヴィチ)のこの気持ち凄くわかる
ボーダーラインは人それぞれなので難しいところでもある


〜それでぼくはわかったんだ〜
「頭脳と精神の強固な者が、彼らの上に立つ支配者となる!多くのことを実行する勇気のある者が、彼らの間では正しい人間なのだ。より多くのものを蔑視(べっし)することのできる者が、彼らの立法者であり、誰よりも実行力のある者が、誰よりも正しいのだ!これまでもそうだったし、これからもそうなのだ!それが見えないのは盲者だけだ!」
「そこでぼくはさとったんだよ、ソーニャ」
「権力というものは、身を屈めてそれをとる勇気のある者にのみあたえられる、とね。そのために必要なことはただ一つ、勇敢に実行するということだけだ!」

(下巻P.302-3行〜、13行〜)


〜そしてついに、婦人の心を屈服させる偉大な、しかもぜったいに外れのない手段を発動させました〜
「この手段は絶対に誰をも欺(あざむ)いたことがなく、一人の例外もなく、全女性に決定的な作用をするものです。この手段とは、誰でも知っている――例のお世辞というやつですよ。この世の中には正直ほど難しいものはないし、お世辞ほどやさしいものはありません。もしも正直の中に百分の一でも嘘らしい音符がまじっていたら、たちまち不協和音が生れて、そのあとに来るのは――スキャンダルです。またその反対にお世辞はたとい最後の一音符まで嘘でかたまっていても、耳にここちよく、聞いていて悪い気持がしないものです。たといごつごつした満足でも、やはり満足にちがいはありませんよ。そしてどんな無茶なお世辞でも、必ず少なくとも半分はほんとうらしく思えるものです。しかもこれがどんな文化人でも、社会のどんな階層でもそうなんですよ。お世辞にかかっては尼さんだって誘惑されますよ。だから、普通の人々ならもう言うまでもありません。」
(下巻P.429-7行〜)
ラスコーリニコフに対するスヴィドリガイロフの演説より


〜かっとなると人間はどこまでもばかになれる〜
「わたしがこんなに狂うほど好きになれるとは、まさか思いもよりませんでした。要するに、なんとか和解したかったのですが、それはもうできない相談でした。そこで、どうでしょう、わたしが何をしたと思います?かっとなると人間はどこまでばかになれるものでしょう!かっとなったときは、決して何もしてはいけませんよ、」
(下巻P.432-6行〜)
ラスコーリニコフに対するスヴィドリガイロフの演説より(上の続き)
スヴィドリガイロフがラスコーリニコフの妹ドゥーニャのことを好きで好きであきらめられない状態



↓印象に残ったシーン

〜知的対決第二戦〜
「そこでその青年は、嘘をつくとしましょう。つまりある男のことですがね、特殊な場合の例ですよ、むろん名前は秘しますよ。実に巧みな方法で、みごとに嘘をつきます。〜以後略〜
(下巻P.141-4行〜)
ポルフィーリイの推理推察の場面なのだが
これが見事にすべてを見透かしているようで感心せざるを得ない
巻末の解説の言葉を借りると
この場面は犯人ラスコーリニコフと予審判事ポルフィーリイの二度目の知的対決


〜ところで、思いがけぬ贈りものは見たくありませんかな?〜
(下巻P.157-10行〜)
知的対決第二戦の終盤の場面
自らの推理推察でラスコーリニコフに対するポルフィーリイの追いつめっぷりがえげつない


〜ソーニャ無実の弁護〜
ソーニャに無実の盗みの罪を着せようとしたルージン氏(ピョートル・ペトローヴィチ)
ルージン(ピョートル・ペトローヴィチ)の演説が終わり言い逃れのできぬ状態で罪人となったソーニャ
無実の罪を着せようと企んでいたこと以外すべての成り行きを知っていた唯一の存在 レべジャートニコフ
彼の弁護によりソーニャの嫌疑は一気に晴らされた
しかし
なんのためにルージンはこんな行為をしたのか!という一つの謎が残っていた・・・
そこでまえへ進みでたのが
それまでじっと黙ってことの成り行きをのみこんでいたラスコーリニコフ
弁護を確実なものとするためのある一つの謎を明らかにできる唯一の存在が彼、ラスコーリニコフだった
「なんのためにこの男がこんな行為をあえてしたか、ぼくが説明できる。で、なんなら、ぼくも宣誓してもいい!」
ラスコーリニコフの弁護が始まった
(下巻P.265-16行〜)
たたみかけるように弁護がなされ、立場逆転、ルージン(ピョートル・ペトローヴィチ)は言い逃れのできぬ状態となった
ラスコーリニコフがレべジャートニコフから弁護のバトンを引き継いでルージン(ピョートル・ペトローヴィチ)を追い込むさまは読んでいて気持ちよかった


〜《さあ、ソーフィヤ・セミョーノヴナ、今度はきみがなんと言うかな!》〜
そう思いながら、彼はソーニャの住居へ足を向けた。
(下巻P.275-6行〜)
ソーニャの勇敢な弁護士となったラスコーリニコフ
物語中一番彼が輝いて見えた場面だった


〜弁護後ソーニャの住居へ向かったラスコーリニコフ、そこでのふたりの会話のひと場面〜
「ルージンが生きて、いまわしい行為をすべきか、あるいはカテリーナ・イワ―ノヴナが死ぬべきか? を決めるとしたら、あなたはどちらを死なせます? それをぼくは聞きたいんです」
「あなたが何かそんなことを聞くことは、わたしもう予感してましたわ」
「そうですか。まあいいでしょう。ところで、どちらに決めたいと思います?」
「できないことを、どうしてあなたは聞きますの?」
「と言いますと、ルージンが生きて、いまわしいことをするほうがいいというわけですね!あなたはそれも決める勇気がないんですか?」
「だってわたし神さまの御意(みこころ)を知ることはできませんもの・・・・・・いったいどうしてあなたは、聞いてはいけないことを聞きますの?どうしてそんなつまらない質問をなさいますの?それがわたしの決定しだいなんて、それはどうしてですの?誰がわたしを裁判官にしましたの、誰は生きろ、誰は死ねなんて?」
「神の御意(みこころ)なんてものがまぎれこんできたんでは、もうどうにもなりませんな」
「ひと思いにはっきり言ってください、あなたは何をお望みなの!」
「あなたはまた何かに誘導しようとしてるんだわ・・・・・・あなたは、ただわたしを苦しめに、いらしたの!」

(下巻P.280-6行〜)
ラスコーリニコフの言葉で苦しむソーニャの姿をみていると(正確には「読んでいると」だけど)
私の言葉で苦しみ、私を捨てる結論を下した、かの恋人とのやりとりを思い出してしまった


《だが、これでいいのだろうか、あのすべてのことがこんなことになっていいのだろうか?》彼は階段を下りながら、またしてもこんなことを考えた。《まだ踏みとどまって、もう一度すっかりやり直すわけにはいかないだろうか・・・・・・そうなれば、行くことはないわけだ?》しかし、彼はやはり歩いて行った。
(下巻P.533-9行〜)
よくない!自首しなくていいじゃん!そう思った
生涯自分のなかにしょい込み続けていく覚悟さえあれば、無かったことにし、やり直せないこともない
永遠に熱病が醒めないかもしれないが・・・
しかし、ラスコーリニコフはソーニャに打ち明けた
この時点でラスコーリニコフの行く末は決まっていたのかもしれない
そして、「歩いて行った」ことにより
人と生きていく、人間社会で生きていくことを選んだことになったのだろう


〜なぜか囚人たちに好かれるようになったソーニャ〜
彼ら(囚人たち)はみな、彼女に笑ってもらうのが好きだった。彼らは彼女の歩く格好まで好きで、あとを振り返って、彼女が歩いて行く姿をながめては、口々にほめるのだった。彼女があんなに小柄だと言ってはほめ、もう何をほめてよいか、わからない有様だった。
(下巻P.572-13行〜)
「もう何をほめてよいか、わからない有様だった」この部分を読んで思わず吹き出してしまった
この物語で唯一笑えた箇所だった


〜彼は泣きながら、彼女の膝を抱きしめていた〜
彼女はすべてをさとった。彼女の両眼にははかり知れぬ幸福が輝きはじめた。彼が愛していることを、無限に彼女を愛していることを、そして、ついに、そのときが来たことを、彼女はさとった、もう疑う余地はなかった・・・・・・
(下巻P.578-2行〜)
こんなにも素敵な瞬間は他にない
この瞬間が訪れてほんとうによかった


〜この物語の結末は...〜
まさかのハッピーエンドでした
同時に
(以下本文)
しかしそこには新しいものがたりがはじまっている。一人の人間がしだいに生れ変り、一つの世界から他の世界へしだいに移って行き、これまでまったく知らなかった新しい現実を知るものがたりである。これは新しい作品のテーマになり得るであろうが、――このものがたりはこれで終わった。
(下巻P.580-15行〜END)
締め方がいいですね
終わったんだけど終わっていない
でも今は終わりですよ、、、って

爽快感が漂いました



↓あらすじ

主人公ラスコーリニコフ。
彼は生活が立たなくなったために大学をやめてしまい、家庭教師の口も、そのほかの収入の道もとだえてしまい貧乏におしひしがれていた。
心身ともに窮地な状態から脱却すべく、彼は持論をもとにある計画を構想する。
誰の役にも立たぬくせに、貧乏人の生血を吸って悠々と生きている高利貸しの老婆の殺害。
自分には将来がある。
あの老婆の財産(金品)があれば自他共にすべてうまくいくはずだ。
人類の福祉への貢献。
そのためには、どのみち永くはないであろうあの老婆を殺害する必要がある。
自分にはその権利がある、老婆の犠牲を踏みこえる権利が。
「貧乏のどん底に身を置くマルメラードフとの一席」「妹の犠牲的結婚を知らせる母からの手紙」「露天商と老婆の妹リザヴェータの会話を偶然耳にし、老婆が家に一人きりになる時間帯を知る」等々が相まって彼の殺人は決行された。
しかしこの殺人が自らに予期せぬ苦悩をもたらすのだった。
その苦悩をあおり立てる人物たち、ポルフィーリイ、スヴィドリガイロフ、母プリへ―リヤ・アレクサンドロヴナ、妹ドゥーニャ。
そして、ラスコーリニコフを救う最重要人物であるソーニャ。
彼らと関わりながらラスコーリニコフという人間がもがき苦しむさまが描かれている。
そしてその末に行きつく運命は...



↓最も印象に残った人物

〜ソーニャ(ソフィヤ・セミョーノヴナ・マルメラードワ)〜
彼女の存在がラスコーリニコフに多大なる影響を与え、彼の苦悩を結論へと導いた。
更に彼女の存在がこの物語を「罪と罰」というタイトルからはとても似つかわしくないエンディングへと導く。
最後に「恋愛物語」という思いも寄らぬ印象を植え付けられたことに意外性と共に心地よさを感じた。
私もシベリアの監獄内の囚人らと同様ソーニャに惚れてしまった。
誰が囚人だ!!





この物語を読み「選択」の重要性について考えさせられました

ラスコーリニコフは殺人を実行することを選択した
そのあとに起こりうる事象を彼はどこまで想定して実行に至ったのか・・・
最終的に彼は自首することを選択した
それが彼の運命だったのだろう

選択の権利をもつ者は 選ぶ際 その選択に責任が伴われることを自覚しておく必要がある
しかし時に選択を間違うこともあると思う
いや、間違いの方が多いかもしれない
それほど「正しさ」というものは難しいことなのだと思う
正しさが何なのかわからない

自分が正しいと思って行動したことが
他者からしたらそれが間違いであった場合
結果的にそれは間違いであってしまう

自分の行動 自分の選択が 正しいものとなるか 間違いとなるか
選択した時点では誰にもわからない
結果が出て初めてわかる

すべては運命に委ねられている

という結論に至ってしまったのだが・・・



後悔ばかりの人生だけれど

死にたくなるときなんて度々あるけれど

生きていることを後悔したことは今のところない

なので今後も
「死ぬ」か「生きる」か
選択の権利をもつ状態にある者として
「生きる」を選ぶことにより
その後さまざまな選択が迫られた時
わからぬ正しさを考えながら
自分なりの正しい選択をしていこう

それが今の自分の正しさ

そして、運命に身を委ねていこうと思う

そう、運命はあとからくるもの
自分の選択によって運命は形成されてゆく

こういうことは考えれば考えるほど わからなくなってくる

それも運命



なんでもかんでも運命で片づけてしまえば気楽でいいものだ





読み終えた日・・・・1月15日




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オーデュボンの祈り



伊坂幸太郎:オーデュボンの祈り


伊坂幸太郎のデビュー作
これまで読んできた伊坂作品はどれも なんとなく読んでいると いつの間にか引き込まれ
気付くと 物語の世界から抜け出せなくなっている というのがお決まりだったのですが
この作品は なかなか入り込むことができず 半分を過ぎても 坦々と読み進めている状態でした

巻末にある解説の言葉を借りると
『ほとんどは、ただ主人公が島をまわって奇人変人たちのあいだを尋ね歩いていくだけの物語にすぎない。
にもかかわらず、やっていることは単純なことの積み重ねなのに結果の予測ができないのだ。』

そう 謎が多すぎて解決の糸口が全然見えてこない
そして 伊坂作品ではお馴染 名言・教訓 とも言える印象に残る言葉が少なかったこともひとつの要因だと思います

んがっ
終盤に一気に来ました
これまでの奇人変人たちの織りなす謎の数々は ある目的のための伏線であり
本文にもあるように 完成に近づくパズルの如く あらゆる事柄が面白いように次々と繋がっていきました

退屈ではないけれど これまでの坦々を 終盤で一気に巻き返してくれました
謎が解決していく度に読んでいるこちらも まるで自分の手柄ように 喜びが込み上げていました
結局 今回も いつもよりは時間がかかったけれど 物語の世界に入り込んでいました



↓印象に残った言葉

〜その時また、祖母の言っていた言葉を思い出した〜
「人生ってのはエスカレーターでさ。自分はとまっていても、いつのまにか進んでるんだ。乗った時から進んでいる。到着するところは決まっていてさ、勝手にそいつに向かっているんだ。だけど、みんな気がつかねえんだ。自分のいる場所だけはエスカレーターじゃないって思ってんだよ」
それから、どうせエスカレーターは進むんだから、ぜいぜい息を切らして働くよりも、美味しいものを食っていたほうがよほどいい、と言った。
「働かないと食っていけない。働かなければ、エスカレーターの最後まで乗っていられないんだ。だから、仕事をする」
僕は反論した。
「エスカレーターなんてのは、どこで降りても大した違いはねえんだ」
「何が言いたいんだよ」
と僕が怒ると、祖母は何食わぬ顔で
「急いでいる人のためにエスカレーターの右端を空けておくってのは、ありゃ、なんの常識だい?」
と空とぼけた。
(P.42-7行〜43)


問題の先延ばし、これは人間だけが持っている悪い性分なのかもしれない。
(P.55-16行)


〜人間の悪い部分〜
人間の悪い部分は、動物と異なる部分すべてだ、と祖母が言ったことがある。
両親が事故で死んだ後、僕が音楽ばかりを聴いていた頃のことだ。形のないものに癒されたかったのか、それとも何も考えたくなかっただけなのか、その頃の僕は部屋のステレオをいつも鳴らしていた。
音楽なんて聞くのは人間くらいのもんだ、と祖母は僕を叱るように言った。

「動物はそんなものを聴いたりしないんだ」と。
(P.56-1行〜)
祖母の言葉はいちいち説得力があるなと思った
ありがたきお言葉


〜彼女にとって大切だったのは、仕事ではなかった〜
いくつものプロジェクトには彼女の名前が載り、ある功績の裏話には彼女の活躍が語られたが、静香は自分が存在していることを、そうやって確認していたのだ。
「彼女でなければ駄目だ」「何かあったら彼女に相談するように」などの周囲の言葉を受けて、アイデンティティという不確かなものに常に触れていようとしたのだ。
子供の時にそうやって教育された、と彼女は言った。

「人は人のことなど簡単に忘れていく」と、彼女の母親はことあるごとに口にしたらしい。
ようするに、この世の中で存在するためには、活字としてどこかに名前が印刷されるか、さもなければ、自分がいなければ困る責任のある仕事を引き受けるか、どちらかだと彼女は教え込まれて、育ったのだ。

(P.61-12行〜62)


〜落雷事故で家族を失ったウサギの祖母の峯
事故が発生することを知っていたのに それを教えてくれなかった優午を恨み続けて七十年
七十年の時を経て 優午を許せるようになった峯の言葉〜

「人の一生てのは一回きりだ」
さらにつづける。
「楽しくないとか、悲しいことがあったから、なんて言って、やり直せねえんだ。だろ。みんな、一回きりの人生だ。わかるか?」
「だから、何があっても、それでも生きていくしかねえんだ」

家族が殺されても、死にたいほど悲しくても、奇形で生まれてこようと、それでも、それでも生きていくしかないんだと彼女は言った。なぜならそれが一度しかねえ大事な人生だからだ、と。
「ばあさんは、わかったんだってよ」
「何を?」
「受け入れることをさ」
『一回しか生きられないんだから、全部を受け入れるしかねえんだ』って、ばあさんはそれに気づいたらしい」
「で、カカシを許したんだ」
「七十年ぶりにね」
「寛大だね」
(P.202-7行〜203)


〜名探偵と優午〜
「名探偵って知っています?」僕は、質問をした。
「何だそれは?」
「僕たちの街には、そういう種類の本があるんだ。小説の中に名探偵というのが出てくるんだけど」
「本の中の人か?」
「そう。名探偵さん」
「小説の中で事件が起きるんだ。人が殺されたりして。で、その名探偵が最後に事件を解決する。犯人は誰それだ、と指摘するんだ」
「で、当たっているわけか」
「というよりも、彼が決定した人が犯人になるんだ。ただ、彼は犯罪そのものが起きるのを防ぐことはできない」
「優午と似ているな」
犯罪を止めることはできない。でも、真相は指摘できる。僕がその探偵本人であったら、こう叫ぶだろう。「何の茶番なのだ」と。自分はいったい誰を救うのだろうか、と頭を掻き毟る。
(P.430-15行〜431)



↓印象に残ったシーン と ちょっとした感想 (ネタバレになっています)

〜古くから伝わる島の言い伝え〜
『ここ(島)には大事なものが、はじめから、消えている(欠けている)。だから誰もがからっぽだ』
『島の外から来た奴が、欠けているものを置いていく』

この物語の 2つの大きな謎のうちのひとつがこれ
欠けているものとは何なのか・・・?
この謎の真相については これまであまり気にせずに読んできたけれど
122頁で伊藤が優午にこの話を切り出してから 気になり始めた


〜仮定 カカシはまだ死んでいないのではないか?〜
(P.219-13行)
これは ずっと思っていたこと
再び組み立てれば優午は蘇るのでは? と
ここの部分で ようやくその可能性が浮上してきた?


〜嘘しか言わない園山との まるで とんちクイズのような会話〜
234頁から始まる嘘のやりとりが面白かった
237頁4行目から更にややこしくなって 読んでいるこちらまで混乱してしまう
嘘の嘘は本当 だけれどその本当も嘘・・・・も嘘・・・・堂々巡り


〜嘘しか言わない園山の大きな嘘〜
「どうした」日比野が眉をひそめる。
「わかった」僕は、突然に降ってきた「答え」にたじろいでいた。
「わかったって何がだよ」
「彼の奥さんなくなったんだ。園山さんの」
日比野はきょとんとしている。
「今更、何を言うんだ。園山の奥さんは、五年前に死んでいるって」
「違うよ」と言い切った。「昨晩、園山氏の奥さんが死んだんだ。」
「何、言ってるんだ。彼女はとっくの昔に殺された」
「園山氏が嘘をついているんだ」
「そうだとも、あのイカレ画家は本当のことを喋らない」
「そういう意味じゃなくてさ、園山氏はもっと大きな意味で嘘をついていたんだ」
「嘘だろ」
(P.357-9行〜358)
ここまで坦々と読んできたけど 思いも寄らぬ展開に いよいよ面白くなってきた
ようやく謎解決の糸口が見えてきそうな気がした


〜カカシは、ただの木だったのではないか?〜
「もとから優午なんていうカカシはいなかったんじゃないか? 俺たちみんながそう思い込んでいただけじゃないのか」
「つまり?」
「ただの群集心理だ」と彼は言った。
カカシはただの田圃に埋まった木だったのではないか。島の住人は、その木をカカシと見間違い、集団で催眠にかかったように「カカシがしゃべる」と思い込んでいた。
外からの情報が欲しかったからだ。全員が共通の欲求のために同じ幻を見ていた。
考えられないことではなかった。

(P.391-17行〜392)
え! これは真相なのか?
どんな真相が待っているのか 全く予想がつかないので
どんな情報でも信じてしまう


〜警官城山の企み〜
「辺鄙な島を、楽園に変える」
城山は真面目な顔で呟いて、舌なめずりをした。
「まず、あの熊のような男を、島の人間の目の前で撃ってやる」
(P.422-8行〜)
お前の思い通りにはいかない! ましてや桜がいる
とにかく城山の妄挙をどうにかしてほしかった


〜桜相手に朽ちる城山〜
男が拳銃を構えていたのだ。
一般人である男が、座ったまま、警察官に銃を向けている。

「警察官に拳銃を向けて、どうするんだ」城山は通る声で言った。
「拳銃を下ろせ」と怒鳴った。
「警察だ。拳銃を下ろせ」
「拳銃を下ろせ。言うことを聞け」

「理由になっていない」
男がそういうのが、聞こえた。すぐに耳をつんざく銃声がした。
(P.438-5行〜439)
「理由になっていない」一番の名台詞だ! 桜はヒーローだ Marvelous!!


〜謎の解決〜
今度は轟のほうを向いて、僕は万歳をしてみせた。お手上げという恰好をして、あなたにはやられました、と笑った。
(P.446-13行)
あーそうかぁー!
文中で真相が語られる直前でわかった
音楽が無いんだ! 欠けていたものは音楽! それを静香が置いていく
446頁の13行目を読んだところで ようやく自分の中で謎が解け 全てが繋がった
嬉しかった 大発見をしたかのようでした
でも正直 「音楽って・・・ そんなものだったのか!」 と少し落胆した感じは否めない
そして 先を読んでいくにつれ 次々とこれまでの伏線が繋がっていった
凄い! 凄い! 静香が例の人物であって この時点で静香はまだ状況を掴めていないが
この状況は まさに静香自身が望んでいたもの!
全てが合致している 凄い!
全部 奇跡のような運命
優午はこうなることをどこまで知っていたのだろうか?


〜こたえ〜
「この島に欠けているのは音楽だ」
(P.448-9行)
これまでのモヤモヤがパーッと開け
脳裏に一気に光が射しこんで 眩しいくらいに明るくなった
解決!


〜止まらぬ謎明かし〜
そういうわけか、と僕は理解した。
轟は、桜を恐れていたのだ。
彼がステレオを隠していたのは独り占めしたかったからだと決めつけていたが、それだけが理由ではなかったのだ。

(P.450‐5行〜)
謎だった事が次々と明らかになっていく


〜全てを見越すモノ〜
「あれ、頭じゃないかな?」
自分で言いながらも半信半疑ではあった。距離が離れているため、親指程度の大きさにしか見えなかったが、僕には球形のものが木の根元に転がっているのがわかった。帽子はない。
「優午の頭じゃないかな」
(P.451-10行〜)
全部知ってたーーーー!(優午が)
先回りしてるーーーー!



↓(自分の中で)残った謎

〜安田の結末は?〜
背後に残るのは、跪いている安田と、それを見下ろす桜だった。
桜は、彼をどうするのだろうか。銃を向けるのだろうか。
背後で銃声が鳴った気がした。けれど、それは自分の頭の中だけで響いたもののようにも感じた。

(P.338-4行〜)
結局 安田がどうなったか はっきりとした明記はされておらず
なんで?
そこまで重要人物ではないのに・・・
ま でも撃たれたんでしょうね


〜嘘しか言わない園山の行方〜
「で、今、園山はどこに行ってるんだよ」
「奥さんを運んで、早朝に、出かけていきました」
「帰って来ないのか」
「ええ」
(P.377-5行〜)
この百合さんの情報を最後に その後の園山の行方は明記されておらず
安田同様 判然としないまま物語が結末を迎えてしまった
園山の行方に関するヒントが文中にあったのだろうか・・・?
そこまで読みとれなかった
園山どこ行ったーーー!


〜謎多き男〜
桜という人物
彼はいったい何者なのか
決して悪ではないようだ むしろ正義
しかし 謎が多すぎる 島のルール・・・桜



↓あらすじ (裏表紙を基にしています)

コンビニ強盗に失敗し逃走していた伊藤は、気付くと見知らぬ島にいた。
江戸以来外界から遮断されている“荻島”には、古くから伝わる言い伝えがあった。
「島には大事なものが欠けている。 島の外から来た者が、欠けているものを置いていく」
更に、この島には妙な人間ばかりが住んでいた。
嘘しか言わない画家、
「島の法律として」殺人を許された男、
人語を操り「未来が見える」カカシ。
次の日カカシが殺される。無残にもバラバラにされ、頭を持ち去られて。。。
未来を見通せるはずのカカシは、なぜ自分の死を阻止できなかったのか?
島に欠けているものとは何なのか?
そして、欠けているものを埋めるために島にやってくる救世主とは?





読む前は 大してあらすじに目を通していなかったので
冒頭シーンで
頬には城山に殴られた痕だとか 警察官に殴られた痕だとか書いてあったので
主人公は反社会的な組織の人間なのかな〜 と思いながら読み始めていました
けれど 実際は全く違っていました
不思議な 不思議な 世界のミステリーでした


読後感は何というか・・・  晴々と清々しい気分でした

最後の丘のシーンは

欠けていたものを埋めるために 丘を登る伊藤たちの列の一番後ろよりも更に少し離れた所から
彼らの様子を見ながら 自分も一緒に丘の上を目指している
そして 彼らと同じ視点で 優午の頭を発見した

そんな感じで 物語の世界に完全に入り込んで読んでいました

または 丘の上から彼らが登ってくる様子を俯瞰している風でもありました





これまでいくつか伊坂作品を読んできましたが 今回ようやく処女作を読みました
ただ 初めて読む伊坂作品が この『オーデュボンの祈り』だったら伊坂作品を好きになっていなかったと思う
これきりで 他の作品も読んでみようとは思っていなかったかもしれません

『オーデュボンの祈り』とそれ以降の自分が読んだ伊坂作品を比べると
断然『オーデュボンの祈り』は劣っており
その後の作品が いかに上達しているかが窺えます





最後に (ネタバレ含みます)

優午は 自分を犠牲にすることで「リョコウバト」という鳥を守った
しかし ほとんどの島民にとっては そんなこと どうでも良かっただろう
島の 自分たちの 生きていくための指針である優午を失うことは 島の存亡の機である
神のように頼ってきたカカシを失い ほとんどの島民が途方に暮れる
しかし 優午にとってはそれが重荷で堪らなかった
終わりのない苦悩の末 自ら命を絶つことで 神の座から降りた
その代わり優午は自らの犠牲で もうひとつ大きなものを島に導いた
島に欠けているものを 埋めること
これが島に何をもたらすのか

島の指針であった優午がいなくなってしまって
今後 荻島はどのような経路を歩んでいくのだろうか

それを知っているのは優午だけ しかし彼はもういない



『オーデュボンの祈り』 ではなく 『優午の祈り』 でした





読み終えた日・・・・6月1日




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告白



湊かなえ告白


以前本屋大賞(09年)に選ばれて話題になっていたときは
全く気にならなかったのですが

映画化され その映画の予告CMがなんだか面白そうで
それから気になっていました (映画は6月5日公開)
そして
映画化&文庫化を期に 本屋でも再び大きく宣伝され 平積みされていたので今回 読んでみることに



感想を書く前にアマゾンのレビューで他の人の意見をちらっと読んでみると
意外にも 酷評が多く見られ
「むむむっ!」
って感じで 読んでみると確かに・・・しっかりと的を射た意見が多かったように思います
何様だ! って意見も多々ありましたが
みんなちゃんと考えて意見してるな
と感心させられ
それに比べ「自分の読みは浅いな〜」と実感させられました





6つの章から構成されており
最初の章からもう、、、「これは面白いっ!」
と この作品にどっぷり浸かっていました

しかし最初の第一章で既に完結してしまい

「えっ? 六章まであるんだよな!? これから どうやって話が続いていくんだ?」

と 一章を読み終えた時点で ある意味 既に満足でした

後でわかったのだけど
この第一章「聖職者」は 元は単体の作品で小説推理新人賞を受賞していたのですね
どうりでこの章だけで完結していると思ったわ

二章からは 「なるほど そういう展開か!」 と
ある事件について 別々の人物が それぞれの視点で『告白』 というかたちで語られているという構成を理解し
色々なところで衝撃を受けながら
「次は? 次は?」 と とにかく知りたくて
ハラハラ・ドキドキ 興奮しながら どんどん読み進めていました

それぞれの人物の独自の告白により 彼らの思いを知ると
ちょっとした食い違いから生じてしまった悪夢ばかりで
思いが伝わっていれば こんなことにならなかったのに という場面が見えてきます

告白者みんながそれぞれに爆弾を抱えて今にも壊れそうな状態
そんな中 この物語の主要人物 森口先生の語りは至って平静(装っているであろうことは言わずもがな)で冷酷でもあり
決して 正義ではないのだけれど
どこか かっこよく ヒーローのような存在として自分の中には映っていました





読後感が悪いとか不快だとかの意見もあるようですが
自分は
決して不快だったり暗い気持ちになったりせず
最後まで興奮させられっぱなしで
非常に面白かったです
ただ最後 救いある結末を迎えていれば 一般的に もっと良い評価が増えただろうし
森口先生が 濁りのないヒーローとして 映っていたことでしょう



全体的に ここに出てくる男性陣はダメな人間として描かれており
著者の男性に対する偏見のようなものが表れているのでは という印象を受けました





↓あらすじ

簡単にあらすじを書こうと書き始めたのですが
第二章以降は長々と 内容をほとんど書いてしまいましたので
下の<続き>の方に載せておきます
ネタバレどころか結末まで書いています
ここには第一章の あらすじ だけ載せておきます


第一章 聖職者

S中学校1年B組の担任 森口悠子の娘が学校のプールで死体となって発見された
警察は事故死と判断した
しかし あることを期に 娘の死は事故死ではなかったと判明
娘はB組の生徒に殺されていた

森口先生はこの事件を期に3月いっぱいで教師を辞めることに
終業式の日
最後のホームルームで 先生は事件の真相をクラスの生徒に告白する
告白の最後に 自分の娘を殺した犯人には ある復讐をしたことを告げる





↓衝撃を受けた箇所とその時に思った一言感想 ( ネタバレになっています )

先生が教室を出ていき、解散した直後、全員のケータイにこんなメールが届きました。

B組内での告白を外にもらしたヤツは、少年Cとみなす。
(P.71-6行)
「怖っ」と苦笑


92頁辺りの 修哉へ制裁を加えなければ 自分がやられる というシーンは
「ドロドロすぎて読んでらんない でも 知りたいから読むけど」
そんな思いで読んでいました


103頁から
どっちが善なのかわからないけど(むしろどっちも悪か)
「反撃きたー!」
この反撃には 読んでて ちょっと嬉しかった
いじめられて当然なのかもしれないけれど
やられっぱなしってのも 読んでいる側としては 良い気持ではなかったから


修哉くんに嫌がらせをする子なんて、誰もいなくなりました。
(P.105-6行)
終わった・・・?


その晩、直くんはお母さんを殺しました。
(P.111-6行)
「・・・! 怖すぎる」
ここを読んでいたのが 深夜寝る前で ここ最近 恐怖という感情とは無縁だったのですが
久々に恐怖心に駆られました


なぜ、私がそこまでウェルテルを憎むのか、先生は疑問に思うかもしれません。
私は小学校の低学年の頃から、直くんが好きでした。
(P.116-5行〜)


気が付くと、細い首に手をかけていた。殺意を伴う殺人に、凶器など考える余裕はなかった。
彼女の死もまた、泡がはじけるよりもあっけなかった。
(P.276-16行〜277)
え・・・・・・・・?!
うそっ・・・・


突然、握りしめたままのケータイから、着メロが流れだした。 ヒツウチ。
(P.283)
えーっ!!
誰だ 誰だ 誰だ 誰だ 誰だ
ママか? 先生か?
自分としては先生であってほしいが・・・
誰だ!?
まさかウェルテル?
それだけはやめてほしい・・・


修ちゃん、ママよ。 ―――とでも想像していましたか? 残念ながら、ママではありません。 森口です。 五ヶ月ぶりですね。
(P.287)
きたーー!


あなたたちのことは、担任のウェルテル先生、寺田良輝くんから逐一報告を受けていました。
寺田くんは桜宮の教え子です。
(P.293)
えー!
また新たな新事実!!


少し意外でしたが、あの仲の良さそうな親子のあいだにも、目に見えない壁が存在することを知り、それを利用することはできないかと思いました。
つまり、もっと下村くんを追いつめることはできないか、と思ったのです。
(P.294-8行〜)
先生怖っ・・


あなたのラブレターを読み、爆弾を解除した後、私はある人物に会いに行きました。
(P.299-7行〜)
ヤバい ヤバい どうなる?
このあと一行一行読んでいくのがドキドキでした


K大学理工学部電子工学科棟第三研究室、そこが、新たに爆弾を設置した場所です。
(P.300-7行)
あーーーーー!!
あまりの驚愕の展開に にやけてしまった
先生恐るべし





↓あらすじ というか内容です
↓(上にも書きましたが ネタバレどころか結末まで書いています そして 長いです!)
read more...
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